永眠
昨日、母が他界した。
3日前、そろそろ危ないと連絡を貰い、朝礼後、すぐに施設に向かい、
そのまま泊まり込みになった。
はじめの2日間は、安定してきたので、夜は何かあったら連絡をもらうということで
自宅に戻り、日中は母の部屋で過ごす。
さすがに3日目は、疲れが溜まり、私の方が先にどうかなりそうだった。
2日目の深夜、急変してダメかもと思ったのだが、私がうたた寝していたら、
呼吸も穏やかになっていた…
このままだと、月曜にまで縺れ込むのかも…と心配になる。
病院に移ることもなく、施設で点滴も酸素マスクも一切の医療行為はせず、ただただ
寿命が尽きるのを待つという選択をしていたのだ。
3日目の朝、長女が途中変わるよということで、仮眠を取りに自宅戻り、洗濯して
半日寝るぞと思っていたら、帰宅30分で長女から、”息止まったかもよ…”と電話が
来たため、慌てて戻る羽目になった…
私の3日間は何だったのか…
その後、葬儀場に搬送してもらい、通夜、葬儀となった。
無事に土日で終わることができ、皆、仕事を休むこともなく終わった。
元々、母の親類は鹿児島には誰もおらず、檀家の寺もないし、弔問客も義姉、義妹ぐらい
なのでお寺も呼ばず、火葬のみにした。
母は85にも関わらず、自分の歯が揃っており、入れ歯をしていなかったのだが、火葬後も
歯が綺麗に残っており、びっくりした。どこまで丈夫だったのだよ。
身内だけで集まり、のんびりと過ごせ、夫達もこういうので十分だよねと言っていた。
コロナが落ち着けば、高松に納骨に帰るつもりだ。
今はもう、一番の懸念事項だった母の看取りが終わり、とにかくホッとしている。
13年の介護生活ももう終わった。
これで思い残すことは何もない。
お疲れ様、私!
そして子供達から、なんかこれからお母さん、また何か病気が見つかったりして…と
言われている。私もそんな気がする…
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コメント
数日、日記の更新がなかったので(もしかして)と思っていたのですが・・・お悔やみ申し上げます。
さちこぉさん、本当に長い長い間お疲れさまでした。
13年っていえば、子供が生まれて小学校を卒業するまでよりも長い時間ですよね・・・
その間、義父さんも看取られて、役員して、一杯仕事して、もうもう頭が下がります。
さちこぉさんが書いてらしたように、燃え尽き症候群が心配です。
どうぞこれからは、ちょっとでも肩の力が抜けて楽になりますように。
高松に納骨に来られた時、時間があるようでしたらお声をかけて下さいね。
会いに行きますよ~~
投稿: らいらい | 2020年6月 8日 (月) 17時55分
ご無沙汰しております!
来来さんも色々とお忙しかったかと思います。
ようやく大きな肩の荷が下りまして、ホッとしました。
納骨の際は、少し長めに帰省しようと考えているので
色々決まりましたら、ぜひお会いしたいです。
パートも年内で、ちょっと整理し、働き方を見直そうと考えて
おります。無理が利かない年齢ですしね…
メッセージ、ありがとうございました!
投稿: ぼっさり | 2020年6月 8日 (月) 23時34分
長い間の介護、辛い看取り、本当にお疲れ様でした。自分の身体の調子もすぐれないのに、よくがんばったねー。
これからは、何よりも自分の身体を優先して大事にしてね。
お母さんとは色々あっただろうけど、きっと感謝してると思うよ。
合掌
投稿: あさねぼう | 2020年6月 9日 (火) 16時48分
あさねぼうさん、メッセージ、ありがとう!
色々あった13年間でした。
実の親子の介護はお互いが我慢しないから、どうしても
ぶつかることが多かったよ…
面白いぐらい、がっくりすることもなく、元気に過ごしているよ。
まだまだ手続きが残っているから、明日も頑張ってきます。
落ち着いたら、そちらにも遊びに行くね~
投稿: ぼっさり | 2020年6月 9日 (火) 21時28分